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<<   作成日時 : 2010/09/15 08:35   >>

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地唄FAN管理人です。

朝夕涼しくなってきていよいよ秋ですねぇ。皆様いかがお過ごしでしょうか?今までは暑さに負けて更新を怠ってきましたが、そろそろ再開したいと思います。
再開にあたっての最初の曲は箏組歌の一曲目 「菜蕗」です。阿部 桂子師の演奏によるものです。
この演奏も同師による「八重衣」同様 私を地唄古典の世界に誘ってくれた非常に印象深い演奏です。皆様にもきっと興味深く聴いていただくことが出来ると期待しております。



15AB04


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  Special thanks to 管理人 千 様  
    (邦楽データベース → 古典データベース) 

          http://www.eonet.ne.jp/~tngk/deta/koten/frame.html

                            (ご紹介者:藤枝 梅安様)
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菜蕗(ふき)


一 菜蕗(ふき)といふも草(くさ)の名(な) 茗荷(みようが)というふも草(くさ)の名(な)
  富貴(ふき)自在(じざい)徳(とく)ありて 冥加(みようが)あらせ給(たま)へや

二 春(はる)の花(はな)の琴曲(きんぎよく) 花風楽(かふうらく)に柳花苑(りゆうかえん)
  柳花苑(りゆうかえん)の鶯(うぐいす)は 同(おな)じ曲(きよく)を囀(さえず)る

三 月(つき)の前(まえ)の調(しらべ)は 夜寒(よさむ)を告(つ)ぐる秋風(あきかぜ)
  雲井(くもい)の雁(かり)が音(ね)は 琴柱(ことじ)に落(お)つる声々(こえごえ)

四 長生殿(ちようせいンでん)の裡(うち)には 春秋(しゆんしゆう)を富(と)めり
  不老門(ふろうもん)の前(まえ)には 月(つき)の影遅(かげおそ)し

五 弘徽殿(こうきでん)の細殿(ほそどの)に 佇(たたず)むは誰々(たれだれ)
  朧月夜(おぼろづきよ)の尚侍(ないし)の督(かみ) 光源氏(ひかるげんじ)の大将(たいしよう)

六 誰(た)そやこの夜中(やちゆう)に 鎖(さ)いたる門(かど)を叩(たた)くは
  叩(たた)くともよも開(あ)けじ 宵(よい)の約束(やくそく)なければ

七 七尺(しつせき)の屏風(へいふう)も 躍(おど)らばなどか越(こ)えざらん
  羅綾(らりよう)の袂(たもと)も 引(ひ)かばなどか切(き)れざらん


1.菜蕗も茗荷も草の名であるが、それは仏教でいう富貴や冥加と発音が同じである。その仏教でいう富貴や自在になれる徳を身に付けて、仏様の冥加のあるように

2.春の花にちなむ琴の曲を挙げると、「花風楽」や「柳花苑」がある。また柳花苑といえば、そこでさえずる鶯が有名であるが、その鶯の声は、文字通り春の鶯の曲、つまり光源氏も舞った大曲の「春鶯囀」に通じて、同じように素晴らしい声でさえずる

3.月の前で調べる箏の音は、夜寒を知らせる晩秋の風のようであり、雲のたなびく空高く鳴き渡る雁の声は、その雁が並んで空を渡る形に似た琴柱の上に落ちて、箏の調べとなるような感じがする

4.大内裏の長生殿の中では別世界のようにいつまでも青春時代で、長生の名のように長生きでき、また、不老門の前でも、その名の通り、月日の進行がとどまって遅い

5.弘徽殿の細殿にたたずんでいる人は誰だろう。それは朧月夜の内侍の督と、光源氏の大将である

6.誰ですか、こんな夜中に閉ざした門を叩くのは。宵の内からちゃんと約束ができていないのだから、いくら戸を叩いても決して開けてあげませんよ

7.2メートル以上もある屏風でも、飛び越えようと思えば決して不可能ではない。薄ぎぬや綾織の上質の着物の袂でも、強く引けば切れないということはない

[別名]
越天楽(の曲)。富貴、蕗、草路などとも表記。

[調弦]
平調子

[作曲]
八橋検校城談


インターネット上で見つけた歌詞の解説サイトです。こちらはリンクして参照頂くのが良いのではと思いますので、URLを掲載させていただきます。(山戸 朋盟様のHPより)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~houmei/kasi/huki.htm


「地唄FAN」は地唄の音楽事典としてお使い頂くことを目指してます。
以下から一覧表をご参照下さい。

作曲者別一覧表      五十音順一覧表      演奏者別一覧表



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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
私も今井慶松さん、富崎春昇さんと並んで、阿部桂子さんにはお世話になりました。初めて聴いたのはラジオで「夕べの雲」で、富崎春昇さんしか知らない時分で、他の人はどうか知らん、と思っていましたが、これを聴いてこんな人がいたのか!と衝撃を受けました。それからこちらの「千鳥の曲」も素晴らしいですね。
 組歌は聴く方もやる方もきっと難しいでしょうね。私も最近やっと組歌は面白いと思えるようになってきました。また組歌が立派なら名人と言えると思います。逆につまらない人がやるととことん退屈なのが組歌で、おそらく序破急とか緩急の心得がよほど必要なのではあるまいかと思います。それほど弾き込まねばならないのではないかと思います。
喜音院
2010/09/15 23:33
ああ、そうか、これ『源氏物語』が題材ですもんね。原作を知っているとこの段と段の合間を旋律と想像でさらに面白く感じられるわけですね。やっぱり源氏も読まなきゃだめか…。
喜音院
2010/09/15 23:53
阿部桂子先生の組歌はやはりすばらしいです。
地歌の演奏では藤井久仁江先生もすばらしいのですが、
非常に贅沢な次元の話をさせていただくと、
やはり組歌では阿部桂子先生は凄いな、と思います。

喜音院のおっしゃられたとおり、
組歌は本当に奏者によって全然違ってきます。
演奏に左右されず曲自体のよさを見つけ出そう、
という聴き方をするのが私のスタイルなのですが、
組歌だけは、奏者が本当に一流の方でないと無理です。
でも、こんなすばらしい洗練の極みの文化、
なんとか後世に伝えていかないと、
申し訳ない気持ちです。
私は本当に組歌が大好きです。
ありす
2010/09/16 00:12
地唄FAN管理人です。喜音院様 有り難うございます。

私も今井慶松さん、富崎春昇さんと並んで、阿部桂子さんにはお世話になりました。
>管理人
阿部師も上記お二方の様な大名人と並んで評される事をお喜びになると思います。本文に書きましたように私にとっても阿部師演奏の「八重衣」に引き続いてこの「菜蕗」を聴くに及んで完全に地唄の世界に引き込まれてしまった印象深い演奏・曲でした。

初めて聴いたのはラジオで「夕べの雲」で、富崎春昇さんしか知らない時分で、他の人はどうか知らん、と思っていましたが、これを聴いてこんな人がいたのか!と衝撃を受けました。
>管理人
「夕べの雲」もいずれ近い内にアップしていきたいと思います。ラジオで放送された物と同じ演奏かどうかはよく分かりませんが・・・
しかしそれにしても富崎春昇師だけしかご存じなかったと言うのはとても希なケースと思いますが、逆に非常に幸運でも有るように思いました。

組歌は聴く方もやる方もきっと難しいでしょうね。
>管理人
仰るとおりですねぇ。しかし箏曲はその創始者の作曲による組や六段など最初から芸術性の頂点の様なところから始まっているのが有る意味とても不思議ですね。
特に組歌は本当に力のある人の演奏を最初に聴かないと、長く(或いは永遠に)「つまらない古くさいだけの曲」と言う印象で過ぎていってしまう可能性も高いので危険ですね。このブログが少しでもお役にたてれば幸いです。

今後ともよろしくお願いします。
喜音院様 有り難うございました
2010/09/16 08:56
ありす様
地唄FAN管理人です。コメント有り難うございました。

阿部桂子先生の組歌はやはりすばらしいです。
地歌の演奏では藤井久仁江先生もすばらしいのですが、
非常に贅沢な次元の話をさせていただくと、
やはり組歌では阿部桂子先生は凄いな、と思います。
>管理人
私も喜音院様の項目で書きましたように、阿部師の演奏によって地唄・箏曲の世界に引き込まれた感がありますので、この演奏には特別の印象があります。

ありす様も仰っておられる様に「非常に贅沢な次元で」と言う前提では有りますが、藤井師の演奏も本当に素晴らしく大好である一方で、阿部師の演奏は私には何故か「阿部師が演奏している」と言うよりも「そこに曲(音楽)がある」と言う印象を持つことが多いです。理由は分かりませんが・・・

こんなすばらしい洗練の極みの文化、なんとか後世に伝えていかないと、申し訳ない気持ちです。
>管理人
本当に同感ですね。最初の曲からこの様に芸術性の高い音楽が存在したと言うことが、本当に貴重なことだと思います。「手が回る = 上手い」と言う図式が一般的になりつつある現在、組歌の様な「その演奏レベルでは歯が立たない」曲は演奏者にも聴衆にも敬遠されてしまうのかもしれません。演奏会で初めて組歌を聴いて、曲の良さや演奏者の力量が分かる聴衆は少なくなってきていると思います。このブログで何度も繰り返し聴いて頂き、組歌をもっと聴いてみたいと思われる方が増えれば管理人としてはとても嬉しい事です。少しでもその様なことに役立つことが出来れば幸いです。

今後ともよろしくお願いします。

ありす様 有り難うございました。
2010/09/16 09:16

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