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zoom RSS 葵の上

<<   作成日時 : 2010/04/03 21:52   >>

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地唄FAN 管理人です。

昨日は「カセットテープの再生環境が無い」とうろたえてましたが、何とかなりました。工夫すれば何とか方策は見つかるものですね。ありす様のご要望がありました「葵の上」について、暫定版ですがアップ致します。歌詞を取り急ぎ追加いたしました。正確なものとは言えませんが、ご参考にどうぞ。

よろしくお願いします。




2010/4/4
今朝 何故か早く目が覚めてしまって、何となく気になったので開いてみたら・・・驚き!! 皆様からの沢山のコメントが。本当にビックリすると共に感謝の気持ちで一杯です。歌詞部分については本当に恥ずかしかったので、ありす様から頂戴したものに早速置き換えさせていただきます。 ありす様 本当に有難うございました。

なお喜音院様からは『 「藤戸」、「梓」、「八島」なんかもそうですね。こうなると「富士太鼓」や「鉄輪」も聴いてみたいなぁ…とか』と言うご希望を頂戴しました。「梓」 「富士太鼓」 「鉄輪」は確か保有していたと思いますのでいずれ探し出せると思いますが、「藤戸」はちょっと記憶に無いので・・・恐らく現在は保有していないと思いますので残念ですがすぐには何とも言えません。

raimund様からは「清琴さんの演奏も曲の雰囲気にぴったりですね。お琴は誰が奏でているのでしょうかね?息がぴったりです」とご質問いただきました。これは奥様 富山 美恵子様との事です。

よろしくお願いします。


2010/4/5
地唄FAN 管理人です。「葵の上」は2種類有ります。今回は富山 清琴師 三弦独奏による演奏をアップ致します。本項はこれで一旦 完結です。よろしくお願い致します。




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 Special thanks to ありす 様  
                        2010/4/4
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『三つの車に法の道、
火宅の門や出でぬらん。』

げに世に有りし古へは、雲上の花の宴、
春の朝(あした)の御遊になれ、
仙洞の紅葉の秋の夜は、月に戯れ色香に染み、
華やかなりし身なれども、
衰へぬれば朝顔の、日陰まつ間のありさまに、
只いつとなき我心、もの憂き野辺の早蕨の、
萌へ出て初し思いの露、かかる恨みにうき人は、
何を嘆くぞ葛の葉の、もつれもつれてな、
逢ふ夜はほんに憎くや憎くやは鳥鐘ばかり、
外に妬みはな、無きそななきそ、
なんなん菜種の仮寝の夢か、我は胡蝶の花摺衣、
袖にちりぢり露涙、
ぴんと拗ねても離れぬ対(つがい)、
おおそれそれよ、まことにはなれぬつがい、
辛気昔の仇枕。

『いや、いかにいふとも、
今は打たでは叶ふまじと、
枕に立ちよりちゃうと打てば』

此の上はとて立ち寄りて、

今の恨みはありし報(むくひ)、
瞋恚(しんい)の焔は身を焦す、
思ひ知らずや思ひしれ、恨めしの心や、
あら恨めしの心や、人の恨みの深くして、
浮寝に泣かせ給ふとも、生きてこの世に
ましまさば、水暗き沢辺の蛍の影よりも、
光る君とぞ契らん、妾(わらわ)は蓬生(よもぎう)
のもとあらざりし身となりて、葉末(はずえ)の露
と消えもせば、それさへことに恨めしや、
夢にだに還らぬものは我(わが)契り、昔語りと
なりぬれば、なほなほ思ひは増鏡、その面影も
恥しや、枕にたてる破れ車、うち乗せかくれ
行かんとて、いふ声ばかりは松吹く風、
いう声ばかりは松吹く風、
さめてはかなく成りにけり。

注:『』内は舞いの時、立ち方が朗唱する部分で、
地唄単体で演奏する場合は含めない。
資料的価値を考慮し、念のため掲載。


<作曲者>
木ノ本屋巴遊

<曲種・調弦> 
三下り謡物

<作詞>
不詳

<初出>
1794年刊の『大成糸の節』



『源氏物語』に取材した能の「葵上」をさらに三下りの唄ものに移したもの。かって東宮妃という高い地位にあった六条御息所が、光源氏の正妻葵の上の嫉妬にかられ、生霊となって葵の上を苦しめる。謡曲の口説きに始まり、六条御息所が東宮妃としてときめいていた頃の回想と、勢力を 失ってからの悲しみを述べる。「もつれもつれてな」から、一転して世話にくだけた、近世風の口説きとなり、ひと番いの蝶になぞらえ、恋人との昔の逢瀬にこうべをめぐらす。 「この上はとて立ち寄りて」と、再び謡曲の詞章をひいて、嫉妬にかられるようになった現在をうったえる。謡曲の枕ノ段に続き、最後の「覚めてはかなくなりにけり」は、六条御息所の生霊が闇へと帰って行ったとともに、葵の上が亡くなったことを暗示する終わり方でもある。各流に伝承される著名な地唄もの。謡曲に世話がかりの詞章を加える方法は、地唄の謡曲ものの特色としてほかにも多く見られるが、本曲でも、前後の能からとった堅い動きと、中段の舞独特の技法を含むしなやかな動きとの対比が面白い。しかし、前の東宮妃という高貴の女性の嫉妬が この曲のテーマであり、くだけた歌詞ではあっても六条御息所の品位をうしなってはならない。
[引用:日本舞踊曲集成A 京舞・上方舞編 編著者 岡田万里子 演劇出版社]


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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
管理人さん、ありがとうございます。
わざわざお手数おかけして申し訳ありませんでした。

早速聴きましたが、聴き始めるや否や、
清琴さんのいつもと違った形での凄みで、
まず圧倒されました。

「葵の上」といいながら、これ、
ほとんど六条御息所の恨み節なんですね…。
なるほど、清琴さんもいつもと違うわけですね。

調べてみると、単体より、地唄舞で有名な曲
みたいですが、清琴さんの演奏で聴くと、
十分にその恐ろしさが伝わってきます。
本当に恐かったです。凄いです。
清琴さん、こんな演奏もするんですね…。

私の学生時代の絃の先生(九州系)が
絶賛していたのもわかりました。
流派とかちっぽけなものの枠では
括れない演奏です。スケールが大きすぎます。
ありす
2010/04/03 22:23
>ありすさん

能の方でも、舞台の上に葵の上を象徴する小袖が出るだけなんですよ。なので本当は「六条御息所」という題名にするべきなんでしょうけど、長いから「葵の上」で済ましてるんじゃないですかね。能楽の方も、やっぱり面白いですよ。

 この曲は芝居歌か、端歌でしょうね。途中で他の謡曲物と同じく、原文にない文句を挿入してますね。
 最後も、怨霊には出ずに、「言ふ声ばかりは松吹く風、覚めてはかなくなりにけり」で終わらせて、すっきりして演出構成としては非常に優れていると思います。生霊が失せたと思わせて、葵の上が死んだことを暗示しているような感じですね。

 山田流や、河東節の方に失礼ですが、「うちのせ隠れ行こうよ」で終わるのはやっぱり不自然かなぁとか思ったりするんですよね。まぁ演奏が良ければいいのでしょうけど…。
喜音院
2010/04/03 23:01
>喜音院さん
そうなんですか。能でも
六条御息所が主役なんですね。

そういえば、ヴェルディの「オテロ」は、
実質的な主役はヤーゴで、ボーイトと
ヴェルディは実際「ヤーゴ」という題名に
しようとしていたそうですが、
そんな感じですかね。

私も、地歌のこの「暗示的」な部分が好きですね。
全て言い切らないところに、地歌ならではの
美学が象徴されているような気がします。
ありす
2010/04/04 00:22
う〜ん、「オテロ」に関しては作曲者本人の手紙がありますからねぇ。主役を喰っちゃいそうで、作曲しにくくて困ったんじゃないですか?

「六条御息所」では、『源氏物語』であることがピンと来ないかもしれないのでそうしたんじゃないですかね?

 同じような題名のつけかただと「蝉丸」っていう能があるんですけど、シテは逆髪という人で、蝉丸はツレなんですが、古くは「逆髪」で、シテの名=題名なんですよ。昔は、題名なんかしょっちゅう変えてたんじゃないかな、と思います。

 能だと気楽になれないけど、地歌だと重すぎない雰囲気がいいですね。「藤戸」、「梓」、「八島」なんかもそうですね。こうなると「富士太鼓」や「鉄輪」も聴いてみたいなぁ…とか(図々しいですネ、すいません)。
喜音院
2010/04/04 00:44
作曲者は木の本巴遊ですか!
一説に「八島」を流行らせたという…。案外重要な人物なんですね。
喜音院
2010/04/04 00:46
葵の上は地唄舞形式でしか鑑賞したことがなかったのですが、やはり音だけに集中して聞くと本当に美しい曲ですね。

また昔の人の日本語力は凄いなあと思います。
日本語の様式美と曲調が見事にハマっていて、もう感動する意外することありません。
この長さで端歌というのはどうなんだろう、と思いますが。(なんか端歌というと短めのイメージが・・・。)

清琴さんの演奏も曲の雰囲気にぴったりですね。
お琴は誰が奏でているのでしょうかね?
息がぴったりです。

源氏物語では賀茂祭の頃の設定ならば、演奏も旧暦の4月ぐらいにしたら、なんか雰囲気が出そうですね。
昔の人は季節感を大事にしていたみたいなので、作曲者ももしかするとそんなことも考えてはったんでしょうか? いろいろ考えると楽しいですね。
raimund
2010/04/04 00:52
地唄は検校さん(男)が作った物が殆どなのに、どうして女心をあつかった物が多いのでしょうか?
(昔からの疑問です。)たまには男心の悲しさも歌ってくれーと思います。

新娘道成寺と似たような、女の恨みってこんなにコワいみたいな歌詞なんですね。でももともとは能からきてるんですか〜へえ〜。

脳は歴史が凄く古いので色んな芸能に取り上げられていて、能に詳しい人なら、地唄に限らず各種伝統芸能もすんなり理解できそうですね、しかも素人意見ですが能は私苦手で、曲の違いが殆ど分からないのですが、こうした曲を鑑賞する耳を持った方なら、他の芸能はどれも入りやすいのではないでしょうか?

私は清琴さんの三絃が好きになってしまったので、清琴さんと聴けばなんか無条件に耳が反応するようになってまいました。
この演奏もやっぱすごいと思います、私ももっと練習します。そして旧暦4月頃にはこの曲が習えるといいナ〜。
藤枝梅安
2010/04/04 01:20
端歌は短いもの、という定義はまず
間違いなので、訂正しておきたいと思います。
もともと、伝承上の規範曲である三味線組歌と
長歌以外の自由創作曲全てを端歌というのですよ。
「端」というのは、規範ではない、
という意味なんです。

まあ、これは本来の定義であって、
現在は、例えば「手事物」「謡物」など、
別の呼び方があるものは除外しますので、
結果としてイメージされているような、
短めの曲のことを「端歌」と呼びますが、
決して短いから、ではないので、
そこは間違えないようにしてください。

ちなみに「長歌」は長いから、ではないんですね。
「長歌」が出来るまでは、組歌しかなかったのです。
組歌では前後脈絡無い歌詞の組み合わせ
(ここから「組」という言葉が出てきます
ただ、箏組歌の場合はまた別なので注意です)
だったのですが、だんだんと創作意識が高まって、
統一的な内容の歌詞に作曲されるようになります。
「組」ではなく、そうした意味で
「長」と呼ぶのですね。
歴史的経緯からこういう呼び名になっているので、
確かに誤解しやすいですね。
ありす
2010/04/04 03:13
「謡物」のよさは、確かに能みたいに
重い感じがしないところかもしれませんね。
気軽に楽しめる感じですものね。

季節感というと、確かに、「四季の眺」
などが典型的ですけれど、大事にされていますよね。
早春だと「若菜」、春だと「里の春」「長等の春」
「桜川」、初夏だと「里の暁」、夏だと「夏衣」、
晩夏だと「別世界」、秋だと「園の秋」「虫の音」、
冬だと「雪」、ざっと思いつくだけでこんな感じで
四季を網羅できるんですね、いかにも日本人らしい。
筝曲になるとそれこそ「古今組」がありますし、
もっと増えるでしょうね。

>どうして女心をあつかった物が多いのでしょうか?
言われてみると不思議ですね。
でも、男だからこそ、やはり女性のココロは
いつの時代も不思議で
魅力的なんじゃないでしょうか?

あと、清琴さんはいつも凄いですが、
この演奏は三絃以上に唄が凄かったです。
三絃があの表現力を持っている上に、
唄もいつもと違った情念がこもっていて、
もうなんといってよいやら…。
自分の語彙不足が恨めしくなります。
ありす
2010/04/04 03:38
>藤枝梅安さん

 盲人の方というのは、検校とか勾当という地位があったとしても、視覚の障害から、常に不安や、不自由と戦わなければならなかったから、そういう所から、女性の心理を理解しやすかったのかも知れないと思います。

 あと日本は通い婚でも分かるとおり、母系社会ですから、源氏物語でも結局、恋に悩む女性達が主役にみえなくもないですよね。

 能でも、女性を主役に取り扱う三番目(鬘)物は、家元しか舞わなかったそうで、女性に仮託して悲しいシチュエーションを表現する伝統が、もともとあったとも考えられます。


喜音院
2010/04/05 22:39
>藤枝梅安さん

そういえば、男の恋心を歌った手事は、松浦の「嵯峨の春」がありました。歌詞だけ読んでもああ、いい文章だなぁ、ってしみじみ感じます。でも一見しただけでは、男なのか女なのかよく分からないかも…。
 まぁ恋心なんて、男も女も根っこは変らないかも知れませんよ〜。
 
喜音院
2010/04/05 23:06
歌詞を正確に表記したいと思い探していた所、サイトにたまたまたどり着きました。この有り難うございます。
本来本は無く、口伝で覚えられているものでしょうから、演奏なさる方や流儀により、てにをはや言葉が微妙に違ったりして、(例えば、憂き目なのか憂き音なのか)音源がある事に依って確認しやすいので助かります。
先代の清琴先生のテープが手持ちのものは、舞台稽古の折りのものばかりなので足を踏む音や雑音が多く、綺麗な音源のものを聞くことが出来てとても参考になります。
今の清琴さんにないかすかな関西のイントネーションが(富崎春昇先生からの繋がりというか過程が)きちんと感じられます。来月二代目清琴さんの演奏で上演する予定があるので、大変参考になりました。
えんつる
2011/10/14 08:57
えんつる様 

地唄FAN管理人です。この度はコメントを頂き誠に有り難うございます。少しはお役に立てたようで嬉しいです。今後も是非とも気軽にコメントなど頂戴できれば有り難いです。

今後ともよろしくお願いいたします。

えんつる様 初めまして 大歓迎です
2011/10/14 22:03

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