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zoom RSS 十三鐘

<<   作成日時 : 2009/08/03 08:31   >>

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いよいよ8月に入りましたが、皆様如何お過ごしでしょうか?

今回は「十三鐘」です。
罪に問われて亡くした子供を悼む親の心情が痛いほど伝わってきます。特に後段の 「一つ 二つ ・・・ 」と唄って行く部分などは子供を持つ親の身としては、あまりに悲しく切ない思いがします。

皆様 是非ともお聞き下さい。


07A03

ありす様のご好意で、歌詞・解説など関連情報を頂戴しました。皆様 ありす様のご好意に御礼を申し上げてください。

菊原 初子師による十三鐘の演奏を追加しました。 (2016/6/5)



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 Special thanks to ありす 様  
                        2010/4/4
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昨日は今日の一昔、憂き物語と奈良の里、この世を早く猿沢の、水の泡とや消え果ててゆく、
後に残りしその親の身は、逆様なりし手向山、紅葉踏み分け小牡鹿の 
帰ろ鳴けど帰らぬは 死出の山路に迷ひ子の、敵は鹿の巻筆にヨ、せめて回向を受けよかし。
サェ頃は、弥生の末っ方、よしなき鹿を過ちて、所の法に行はれヨ、蕾を散らす仇嵐。
サェ野辺の、草葉に置く白露の、もろき命ぞはかなけれ、父は身も世もあられうものか。
せめて我が子の菩提のためと、子ゆゑの闇にかき曇る、心は真如の撞鐘を、
一つ撞いては、独り涙の雨やさめ、二つ撞いては、再び我が子を、三っ見たやと、
四っ夜毎に、泣き明かす、 五っ命を、代へてやりたや、六っ報いは、何の鋲めぞ、
七っ涙に・八つ九つ、心も乱れ、問ふも語るも、恋し懐し、我が子の年は、
十一十二十三鐘の、鐘の響きを聞く人毎に、可愛い、可愛い、可愛いと共泣きに、
泣くは冥土の鳥かえ。

<作曲者>
湖出市十郎
山本喜市改調

<曲種・調弦> 
三下り芝居歌物

<作詞>
近松門左衛門

<初出>
1711〜1716以前の刊と思われる『古今端歌大全』


作詞近松門左衛門(「歌系図」)。歌祭文「奈良の都傾城十三鐘数へ歌」とほぼ同詞章。作曲湖山金四郎作曲、山本喜市改訓(「歌系図」 )。曲種三下り芝屠歌。半太夫物とも。初出文献正徳(1711〜1716)以前の刊と思われる『古今端歌大全」(増補版『吟曲古今大全」)に、「南都十三鐘」として初出。目録に、「数へ歌」と分類されるのは、歌祭文を原拠とするためか。
歌意・「十三鐘」は奈艮で六つと七つとの問についた鍾であるが、十三歳の子供が春日神社の鹿を殺したため、十三鐘がつかれる時刻に、石子詰の刑を受ける。その鐘を聞く母親の嘆きを歌ったもの。

補説・歌舞伎狂言としての原拠は未考。元禄十三(1700)年大坂岩井座所演の「南都十三鐘」に何らかの縁があるか。ただし、この狂言がこの年の初演とすると、近松作の可能性は薄い。 『元禄歌舞伎小唄番附尽』にも、「南都十三鐘」は収録されている。なお、「妹背山女庭訓」にも、同様な趣向がある。半太夫物ともされるが、「金五郎」 などと共通する三味線の手があるためか。別に、『古今端歌大全』には、「髪すき十三鐘」という替歌が収められるが、「髪すき曽我」を「十三鐘」にもじったものであり、他にも、寛延四年 (一七五一)刊『琴線和歌の糸』などに、「かはり十三鐘」という替敬も収められる。


ありす様 大変なご努力をいただき感激です。きっとここを参照される皆様もお喜びになると思います。本当に有難うございました。
今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。


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以下から一覧表をご参照下さい。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 久しぶりに「悲しい」ということがしみじみ分け入ってくるのを感じました。「悲しい」ことの本質は、苦しみが終わらないことだと思います。
 始終静かに淡々と歌われていく茫洋とした暗さが、かえって起きた事件の重さを現しているようです。

 また歌詞の、「憂き物語と奈良の里」の常套的な掛詞とか「サェ頃は、弥生の末っ方、よしなき鹿を過ちて、所の法に行はれヨ」という祭文のような語り口のある種の軽さ、卑俗さが、音楽や内容と多重構造になっており、「一つ撞いては、独り涙の雨やさめ」は数の語呂あわせと、字あまり字足らずが、物語と事実をおたがいフィードバックし始め頂点を築いているような気がします。

 あるいは節が控えめなのも、文章の巧みさに任せたのかも知れません。

とにかく、静かな、重い名曲ですね。
 
 
 
喜音院
2009/08/08 18:27
作曲は。『黒髪』『鳥辺山』の湖出市十郎(?〜1800)で詞はある解説に「近松門左衛門(「歌系図」)。歌祭文「奈良の都傾城十三鐘数へ歌」とほぼ同詞章」とのことです。

 先に申し上げましたが、「黒髪」や「鳥辺山」から察して盛り上がるのかと思いきや、始終静かで意外でした。

 しかし、これだけ悲しみを直截に表現した曲も少ないし、地味ではありますが、それだけ演者の力量が問われる内容で、埋もれさすには、相当惜しい曲ですね。
喜音院
2009/08/08 18:35
喜音院様

コメント有り難うございます。何時もの事ながらお詳しいのに感心するとともに、的確な感想を頂戴し感謝しております。

この演奏は「古道成寺」と共にとても大切に聴かせて頂いております。「昨日は今日の・・・」と始まる部分を聴いただけで後半部分までが頭に浮かびますが、一方で「親の悲しさはむしろ唄い始める前が一番なのでは」とも想像してしまいます。

今後ともよろしくお願い致します。

次回は「かづき面」をアップ致します。
地唄FAN管理人
2009/08/09 08:57
歌詞があって聴くのと、ないのではこれほど違うのですね。
春昇さんは清琴さんの師匠なんですか〜。
確かに清琴さんは師匠の歌い方そっくりですね。
しっかりと芸を継承されてはるんだなあ。
でもさすが師匠ですよね。


皆様のお陰でだんだん頭の中で人物関係や曲の説明などがつながってきて、こういう知識があるとまた曲の聞き方も変わってきますね。
近松門左衛門は知っています。浄瑠璃の人ですよね。
最近曾根崎心中を鑑賞しました。
でも人形より三味線の方が気になって、じーっと太夫サンたちのの方ばかり凝視していた私。

近松門左衛門さんの歌詞が地唄にも取り入れられているのですねえ。
半太夫物というのはどういうカテゴリーか分かりませんが、
たしかこの前先生が半太夫物の曲弾いてましたなあ。
たしか「意見曽我」とか言ってはったような。
他にも曲があるんでしょうかねえ。
地唄の奥深さにまた頭が!うーん。
藤枝梅安
2010/04/04 10:23

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